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横浜地方裁判所横須賀支部 昭和36年(ヨ)16号 判決 1961年7月22日

申請人 金井啓一郎 外九名

被申請人 学校法人逗子開成学園

主文

被申請人が、昭和三十六年三月二十四日附をもつて、申請人らに対してなした解雇の意思表示の効力を停止する。

訴訟費用は被申請人の負担とする。

(注、無保証)

事実

第一、当事者の求める裁判

申請人ら代理人は主文と同旨の裁判を求め、被申請人代理人は「申請人らの申請は却下する。訴訟費用は申請人らの負担とする。」との裁判を求めた。

第二、申請人らの主張

一、申請人らは、いずれも学校法人である被申請人学園に雇傭されている教職員であり且つ同学園教職員によつて昭和三十四年三月に結成された逗子開成学園教職員組合(以下単に組合と略称する。)の組合員であつて、組合における申請人らの役職名は別紙役職表記載のとおりである。

二、ところが、申請人らは、昭和三十六年三月二十六日被申請人学園から、同月二十四日附辞令によつて、申請人らを懲戒解雇する旨の意思表示を受けた。

三、しかし、右解雇の意思表示は、昭和三十五年六月頃から被申請人学園高等学校並びに同中学校校長荒井惟俊に対して組合が同学園の明朗化のために同校長の退陣を要求したため、同校長が、同校長と組合との間に紛争、対立を生じたことを遺恨に思つて、別紙役職表記載のとおりの役職にある申請人らに対し報復的意図のもとになしたものである。

右退陣要求の理由並びに経過は次のとおりである。

即ち、(一) 荒井校長は、被申請人学園の常任理事を兼任しているものであるが、昭和三十四年に同学園の新校舎を建築した際、独断でその処理に当つた。

(二) 荒井校長は、教職員給与規程を定めようとせず、独自の裁量で格差をつけるなど給与支給が不合理である。

(三) 荒井校長は、理事会、評議員会の議決を認めず、独善的行為にでることが多い。

(四) 荒井校長は、かつて同学園の生徒会をつぶしたことがあり、現在の生徒会は名目だけのものとなつているうえ、学校新聞への援助すら惜しんでいる。

(五) 荒井校長と組合との間で学校教育について話し合う機会が殆んどない。

右理由に基く組合の運動に対し、同学園生徒会が同調してストライキ実行の決議をしたため、理事者が急拠あつせんに乗り出し、「給与の面については善処する。教育については校長が組合と話し合つて善処する。」とのあつせん案が提示され、同年七月二十三日、右あつせん案を受け入れて和解声明を発表するに至つたが、その際、荒井校長は「心境を一変して生れ変つたつもりで教育に専念し、明朗な学園を運営する。」との反省の誓いをした。しかるにその後、同校長の学校運営方針は一向に改まらず、同年十二月の理事会と同校長の話し合いの結果、昭和三十五年度限り、校長及び理事全員が退陣することを決定した。

このような経過によつて同年度末を迎えたところ、申請人らは前記懲戒解雇の意思表示を受けたのである。

四、申請人らはいずれも何ら解雇されるべき理由はなく、前記解雇の挙に出た本意は、荒井校長の退陣を要求した組合運動に対する報復的意図から、同校長が、別紙役職表記載のとおりの組合主脳部に対して、不利益待遇を与えるところにあり、将に不当労働行為であつて、また権利のらん用に当り、無効である。

五、してみれば、申請人らは引き続き被申請人学園の教職員たる地位を有するものであるところ、被申請人学園においてこれを認めようとしないので、申請人らは被申請人学園に対し、雇傭関係存在確認の本案訴訟を提起すべく準備中であるが、本案判決の確定をまつていては、労働者である申請人らにとつて恢復し難い損害を蒙ることが明らかであるから、この申請によつて救済を求める。

第三、申請人らの主張に対する被申請人の答弁及び解雇理由に関する主張

一、申請人らの主張のうち第一項及び第二項の事実、第三項の事実中、荒井校長に対して、組合から被申請人学園の明朗化のために退陣要求があつて、組合と同校長との間に対立を生じたこと並びに申請人ら主張のような荒井校長の和解声明の発表があつたことは認めるが、その余の事実は争う。同第四項の事実は否認する。

二、被申請人学園は、申請人らに次のような行為があつたから、逗子開成学園教職員服務規定に反するものとして、それぞれ懲戒解雇したのである。即ち、

(一)  申請人らは、昭和三十五年六月九日、「御父兄の皆様へ」と題する書面を、組合一同の名をもつて、同学園生徒を通じ父兄に配布閲覧させ、父兄に対し、被罰生徒の実数内容を公表した。

(二)  申請人金井啓一郎、同久保田肇、同山田真司は昭和三十五年に開催した父兄会及び昭和三十六年一月に開催した職員会議の各席上において「校長が校金を横領した。」旨の虚構の事実を流布し、加えて右職員会議の席上においては「校友会館の寄附等の会計報告をしない。」旨の虚構の事実を流布して荒井校長の人格を無視、侮辱した。

(三)  申請人山田は、昭和三十四年五月頃同僚職員である細野に対し、昭和三十五年七月同僚職員である平に対し、僅かな意見の相違のため、それぞれ手拳をもつて同人らの顔面を殴打する暴行を加えた。

(四)  申請人山田、同磯部顕雄は、昭和三十四年五、六月頃、同学園校内売店において、同店の婦人に対し「校長がさせろと云つたらやらせるか。」と甚しき侮辱を加えた。

(五)  申請人澄田秀夫は、昭和三十五年十月初旬無断欠勤をなし、また日直拒否をなし、同人及び同久保田は、朝礼に参加しなかつたことがある。

(六)  申請人澄田は、昭和三十五年七月のPTA総会において「今迄の部長にろくなものは一匹もない。」などの暴言を吐いて、父兄の学園に対する信頼を著しく害した。

(七)  申請人近藤糺、同渋谷隆一は、昭和三十五年九月の職員会議の席上において、教務主任であり両申請人の恩師である細野を面罵し、「無用の長物」などと放言した。

(八)  申請人鈴木久、同近藤敬一は、昭和三十五年九月、同学園第三教室において、授業中に「校長に対し退陣を要求した。」等の趣旨の発言をし、同磯部は、同月頃、同学園小使室において、また同澄田はじめ執行部に属する申請人らは、昭和三十六年三月の理事会の際、それぞれ右同趣旨の発言をしたため、一部職員をして職員会議に列席するのを極度に嫌忌するに至らしめた。

(九)  申請人らは申請人らが組織する組合の集会のため、被申請人学園所有の校舎、謄写版、テープレコーダー、用紙を無断で使用するなどの行為を敢えてした。

(一〇)  以上に加うるに、申請人金井、同磯部、同澄田は、昭和三十六年三月に行われた同学園中学校の入学につき荒井校長が独断で数名の生徒を入学させたのは不当だ、として右不正入学という無根な事実に藉口し、更に入学試験の手当支給に関して第二次試験事務の拒否をなし、加えて、同月二十四日附で「荒井校長からの新事務分掌依頼は一切受理しないこと、右依頼を個人的に受理した場合は該当者には協力しないこと。」が組合大会において決議された旨の記載のある、組合長金井啓一郎名義の文書をもつて、同学園教職員に右事項を通告するなど新学年度における学園業務を遂行する意思のない非協力な行為をした。

第四、被申請人の主張する解雇理由に対する申請人らの主張

一、被申請人が解雇理由(一)として主張する事実は認める。

しかし被申請人主張の書面の根本趣旨は、殊更に事実を歪曲したものではなく、専ら学園の設備、教育内容を改善しようとする熱意に出たものであり、また被罰生徒の氏名を公表したものではないから何ら非難されるべき筋合いではない。しかも右書面の内容がいかようなものであるにせよ、申請人ら主張の前記和解声明によつて解決ずみである。なお書面の内容に対する責任は組合執行部にあり、その余の組合員が責任を負うべき理由はない。

二、同解雇理由(二)として主張する事実はいずれも否認する。

三、同解雇理由(三)として主張する右事実は認める。しかし、被申請人主張の行為については、申請人山田が直ちに細野及び平に謝罪して落着乃至和解している。しかも右行為はいずれも学外における酔余の行為であつて、いわば私生活上の事件であり、その後特に処分案等の問題として学内で取り上げられたこともない。

四、同解雇理由(四)として主張する事実は否認する。なるほど申請人山田が、被申請人主張のような言葉で、被申請人主張の婦人に対して注意したことはあるがそれは侮辱を加えるというものではない。申請人磯部は全然無関係である。

五、同解雇理由(五)として主張する事実のうち、無断欠勤及び日直拒否の点は否認する。朝礼不参加の点は認めるが、これはプリント印刷等の所用のためである。なお朝礼不参加は一般に殆んど黙認されていた状態である。

六、同解雇理由(六)として主張する事実は否認する。

被申請人主張のPTA総会における申請人澄田の発言を歪曲乃至曲解したものである。

七、同解雇理由(七)として主張する事実は否認する。

被申請人主張の発言に類した発言があつたのは昭和三十五年八月二十日の職員会議の席上であるが、申請人近藤糺は全然右に類した発言をしておらず、申請人渋谷の発言内容は「教務主任は現在五名いるが、教務主任は無用の存在である。教頭が教務主任となれば良くなろう。」というものであつて特定の個人を面罵したものではない。

八、同解雇理由(八)として主張する事実のうち、被申請人主張の理事会において、口頭で荒井校長の退陣要求の申し入れをしたことは認めるが、その余の事実は否認する。

九、同解雇理由(九)として主張する事実は否認する。

組合が会議室を使用する場合、校長に対しては書面で、教頭に対しては口頭で、それぞれ届け出ており無断使用をしたことはない。謄写版使用についても承認を受けている。テープレコーダー用紙は組合所有のものを使用している。

一〇、同解雇理由(一〇)として主張する事実のうち、被申請人主張のとおりの文書を教職員に送つたことは認めるがその余の事実は否認する。

昭和三十五年八月の職員会議において、従来荒井校長が独断で任命していた教務担当者については、学園刷新の一つとして、教務の推せん輪番制を採用することが提案決議され、同年九月にいたつて同校長はこれを承認した。ところが同校長は、教職員の再三の要求にもかかわらず、右輪番制を一向に実施しようとしないばかりか、かえつてこれを無視する態度を示したので、被申請人主張のとおりの組合決議並びに文書の配布をしたのである。

一一、以上のとおり被申請人の主張する解雇事由は、すべて不当なものであり、本件懲戒解雇は無効たるを免がれない。

第五、疎明関係<省略>

理由

一、申請人らが、被申請人学園に教職員として雇傭されていたところ、昭和三十六年三月二十六日被申請人学園から、同月二十四日附辞令によつて、申請人らを懲戒解雇する旨の意思表示を受けたことは、当事者間に争いがない。

二、被申請人は、申請人らに逗子開成学園教職員服務規定に違反する行為があつたから、これを理由に申請人らを懲戒解雇した旨主張するので、まず、右服務規定違反を理由に懲戒解雇をなしうるか否かについて判断する。

成立に争いのない甲第三号証によれば、被申請人学園には「本校教職員服務規定」と題する規則があり、「本校に職を奉ずるものは、凡て本服務規定及び学級主任は、学級経営要項に基き、教職員としての責務を果すべきは勿論、かりそめにも校内外の信頼と尊敬とを失わぬよう努むること。」との前文のもとに、六ケ条からなる遵守事項の定めがあるが、その違反行為に対する処遇については何らの規定もなく、況や懲戒処分に関する定めは何もないことが認められる。そして本件にあらわれた全疎明によるも、被申請人学園においては、教職員に対する懲戒処分につき、準拠すべき規範がほかにあることを認めることができない。そこで、本件の如く準拠すべき明示の規範がなくしてなされた懲戒解雇の効力について検討してみる。

懲戒処分は企業秩序の違反者に対する制裁としてなされ、その機能が当該企業の秩序維持及び他戒にあることは多言を要しないが、とりわけ右の組織体の秩序維持という機能及び必要性から組織体固有の法的権利としての懲戒権を認めることは論理上不可能であり、所有権乃至経営権のもつ支配的機能をもつてしても、これが人に対する一般的支配権として労働契約に関する事項にまで当然に及ぶと解することはできない。また、企業を制度として或いは経営協同体理論によつて企業乃至経営に固有の懲戒権ありと考えることは、当裁判所の左袒しがたいところである。かように考えることは、権利の淵源を全体社会の法と契約とにのみ求める近代的資本主義社会における法原則に悖ることになり、また企業乃至経営における人的結合関係は労使の対抗関係のうえに形成されているものであつて、家族的協同体の如きものとは対比しうべくもないからである。

懲戒処分の本質は、従属労働関係における使用者の労働者に対する事実上の支配力に依拠し、生産過程における違反事由に基いて、法的には自由、平等な当事者間の契約関係に立つている労働者に対して流通過程において課せられる一定の不利益処分にほかならず、従つて懲戒処分は、損害賠償及び契約解除の如き違約罰とは質的に異る秩序罰(退職金の剥奪等労働者に対して特別の不利益を与える。)たる性格を有するものである。このように考えると、いわゆる二重構造性を具有する労働契約が、本質上一種の身分的契約乃至人法的関係としての側面をもつことから、労働者が経営に編入されることによつて使用者の指揮命令に服するという抽象的合意のうちに、懲戒処分に服することの合意までが当然に含まれていると解することも困難である、また懲戒権の根拠を使用者の有する解雇権から説明することもできないのである。

当裁判所は、以上のような見地から、理論上当然に使用者に固有の法的権利としての懲戒権を認めることはできないと考える。そして、懲戒処分が企業秩序維持の目的をもつて行われる秩序罰たる性格をもつ以上、懲戒権行使のための懲戒事由とされているものは、法律上はやはり信義則違反乃至債務不履行と同質の違約罰的事由であるから、その事由を秩序罰の事由として秩序罰類型と結びつけるためには少くとも労使関係に適用ある規範中に明示されることが必要であり、懲戒処分はこれに基いて行われなければならないと解すべきである。

しかるに本件各懲戒解雇が準拠すべき明示の規範なくして行われたこと、さきに説明したとおりであるから、本件各懲戒解雇はすべて無効と解するのが相当である。

三、のみならず、本件解雇は、次の点からみても無効である。

昭和三十五年六月頃から、被申請人学園高等学校並びに同中学校校長荒井惟俊に対して、申請人ら主張のとおりの組合が、同学園の明朗化のために、同校長の退陣を要求したため、同校長と組合との間に対立があつたこと及び同年七月二十三日右荒井校長の和解声明が発表されたことは当事者間に争いがなく、証人荒井惟俊および申請人近藤糺本人の各供述並びに成立に争いのない甲第四十七号証、乙第二号証に弁論の全趣旨を合せ考えると、当時組合の懸念していた学校経営並びに教育方針及び教職員の給与等についての荒井校長の専恣については、組合、理事会及び荒井校長の三者の了解によつて善処が約され、一応紛争解決の一途をたどるかにみえたが、昭和三十五年十二月頃から、再び荒井校長の言動には、前記紛争解決によつてもたらされた校長の職権に対する制限についての不満が顕れるようになり、また一方においては、いまだ校長退陣を願う教職員の声を根絶しきれないままに昭和三十五年度学年末を迎えるに至り、昭和三十六年三月二十四日の組合大会決議に基いて、同日附組合長金井啓一郎名義の、荒井校長からの新事務分掌依頼に対する拒否の指令並びに追伸として「全理事、評議員間において荒井校長の退陣が決議された。」旨の記載ある葉書(乙第二号証)が配布されるに至つたところ、荒井校長は右葉書に示された事項については、既に一部職員からの伝聞によつて知悉しており、とりわけ校長退陣云々という自らの身に迫つた事態に対処するため、前記組合大会の決議の内容或いは組合要求の趣旨などを冷静に検討することなく、別紙役職表記載のとおり現在又はかつて組合の役職員(申請人らが組合員であつて、組合における役職については当事者間に争いがない)であつた申請人らに対して、通常教育者として要求される程度の慎重な態度をもつて反省検討することなく、校長に人事権ありとして理事会にはかることもせずに、いわば斬り捨て御免の態度で、組合勢力を弱める目的の下に、狙い打ちに解雇したものであつて、しかも被申請人主張のような解雇理由は本件解雇の意思表示の後に荒井校長が日記等によつて探索したものであることが疎明される。してみると、本件解雇については、申請人らに被申請人の主張するような所為があつたか否かを検討するまでもなく、不当労働行為なりとの評価を受けてもやむえないといわざるをえない。申請人らに対する本件各解雇は、不当労働行為としても無効である。

四、以上のとおり、いずれにせよ本件懲戒解雇は無効と認むべきものであるが、解雇が無効であるにも拘らず、申請人らが被解雇者として取り扱われることは、申請人らにとつて著しい損害を生ずべきことが明らかであるから、本案判決確定に至るまで本件解雇の効力を停止する仮処分を命ずる必要がある。

五、よつて、申請人らの本件仮処分申請は理由があるから、保証を立てさせないでこれを認容し、訴訟費用の負担については、民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 坂井五郎 石沢健 藤堂裕)

(別紙)

役職表

金井啓一郎 組合長  磯部顕雄 副組合長

澄田秀夫  書記長  鈴木久  書記

久保田肇  書記   近藤敬一 会計

松本晴和  会計   近藤糺  会計監査

渋谷隆一  会計監査 山田真司 前組合長

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